2007年01月09日

『備前の風』がまた、吹き始めました。

謹賀新年。工房での仕事始めは今日からである。正月休は家族サービスに徹した。子供たちを家内の実家に預けて、夫婦二人で数日ドライブ。ここ数年はこれが恒例行事になっている。普段、家のことや子育てなど家内に任せっきりなので、感謝の気持ちを込めて小旅行を楽しんでいる。
 私の人生振返ると「いつも夢を食べて生きてきた」ような気がする。結婚してからもずっとそうで、現実生活のやりくりをしっかり者の女房がうまくやってきてくれたのである。その点では全く頭が上がらないのである。でもその夢を「パンフルート」という楽器が現実にしてくれて、しかもたくさんの聴衆の方に喜んでいただけている。本当に嬉しい限りである。今年もすでにいくつかギャラの出るステージも決まり、今日は大阪から講演や演奏の問合せが来たりもした。明日は岡山市内で影響力の大きいフリーペーパーの取材が決まっている。今年からは今まで以上に県外活動を積極的に増やしていくつもりである。
 何とか今年中には、安定した収入が得られるような基盤作りも仕上げたいものである。CDも製作したい。レギュラーユニットとして私とコンビを組んでくれる、演奏者とも巡り合いたい。東京・名古屋・大阪・福岡などの大都市圏の人にも、演奏を聴いてもらえる機会を作りたい…。ヤマハさんのような楽器メーカーと『備前の風』普及品製作の商談打診もしてみたい…。
 おっと、一度に全部やろうとすると…いい結果も出なくなる。何はともあれ出来ることからひとつずつ、着実にやっていこう。外は冷たい風が吹いているが、聴く人の心が温まる『備前の風』がまた今年も吹きますように。
2006年12月28日

カエルの合唱で工房の仕事納め

 今日は午前中工房にお客様がいらっしゃった。ご注文いただいたパンフルートの引渡し&ミニレッスンである。ただ引渡しするだけではなく、乾燥中の竹や、炎で油抜きすると竹がどのように変化するかや、製作の工程を包み隠さず、すべてお教えして、いつも楽器をお渡ししている。楽器やさんの棚に並んでいる楽器たちも、その製作の様子がもしわかれば、より愛着がわいてくるものだろうと私は思う。
 お渡しして、5分で「カエルの合唱」が吹けたのには少々驚かされた。この方は10月に演奏させてもらった「御前酒クラブ」のメンバーの方で、アロママッサージと香のクラフトのお店「健康の森」を開いていらっしゃる。10年以上の看護師の経験を持ち、医療とアロマの知識に裏づけされたお店の営業ないようなのである。私と物の考え方が似ているというか、感性が似ているというか…。お話していると、暖かいパンフルートの演奏を聴いているような、心地よい気分でいられるのである。興味がある方は是非彼女のHPを覗いてみてほしい。
 さて、本日を工房での仕事納めにしようと思う。年内はもう少し予定があるのであるが、楽器作りは今日までとする。
 HPを作ったおかげで、全国から注文が入って来る様にはなったが、HPからの注文が一段落ついた観がある。確かに、パンフルートや『備前の風』や私の名前で検索すると、このHPが検索上位に出てくるようになって、嬉しい限りなのであるが、まだまだ、「パンフルート」という言葉自体を知らない人のほうが圧倒的に多いわけで、そんな人達やPCが周りにない人にとって、『備前の風』を知ってもらうには、メディアやコンサートや… とにかく演奏を聴いてもらうしか方法はないのである。
 来年2月には四国本島での初コンサートが実現することになった。当面の目標は「ちくわ笛」より知名度を上げること。
2006年12月27日

来年の予感

今日は午前中、倉敷にて来年1月14日に開催される「倉敷市視覚
障害者協会 新春文化祭」での演奏の打合せをする。倉敷駅前の西ビル8階にある「倉敷市社会福祉協議会分室」の会議室での演奏になるが、世話人をされていらっしゃるKさんの熱意をすごく感じることができ、張り切って良い演奏をお届けしたいと強く感じたのであった。過去には、この行事に「ちくわ笛」の住宅さんや「クラシックギター」の中林先生といった「岡山在住で岡山のみでなく全国でその名を知られた方々」が演奏されているとのこと。ちなみに、Kさんは10年以上前に、日本人のパンフルート奏者の草分け的存在、岩田先生の演奏会に行かれたことがあるとのこと。Kさんの許可をいただき、今回の演奏を一般の方が見にこられる様にしてくださるとのこと。行って見たいと思われる方はご連絡下さい。
 午後から旧佐伯町に移動。八代亜紀の陶芸の窯があるという情報をいただき、何はともあれ出向いてみることにする。「所さんのダーツの旅」よろしく、第1村人に窯の場所を聞き、向かった。窯にはひとりスタッフ(?)の方がいらっしゃり、「そう言った話は、八代さんの事務所に連絡したまえ。」と門前で返される。それもそうである。私は、「こうだ。」と思うとつい突っ走ってしまいがちなのである。それがいい結果を出すときもあれば、無駄に終わることもある。年明けになるが、八代さんの事務所に手紙を送ってみることにしてみよう。せっかくいただいた情報である、大事にしなくては。
 3時ごろ工房に戻り楽器製作にとりかかる。夕方、四国より電話が入る。コンサートの予定を打ち合わせ、日程が決まった。2月11日に四国本島での初ステージ(ログハウス・コンサート)が実現することになったのである。来年も年頭から忙しくなりそうである。
 追伸
 来年、本格的新ユニット結成の可能性が出てきた。詳細は決まり次第お知らせしようと思う。
2006年12月24日

劇的なクリスマスイブ

今日は長い1日だった。朝5時半起き、8時にフリーマーケット会場の「水島サロン」に到着。主催者のO氏および元上司のN氏にあいさつ、パンフルート体験コーナーの準備。9時に会場オープン、直島のときもそうだったが通りかかった人にパンフルートの音出し挑戦を勧めるのがどうも苦手で、ひたすらデモ演奏に徹してしまった。11時と12時からの20分間のパフォーマンス。簡単なPA設備は用意してもらったが、状況的にはストリートパフォーマンスそのものであった。でもいろんな場所での演奏経験のおかげか、目の前を何十人もの人が行き来していても集中して演奏することが出来た。クリスマスソングはもちろん、童謡唱歌、アニメソング(ルパン3世のテーマも成功した)クラシックやナツメロまで幕の内弁当のようなプログラムだったが、皆さん楽しんでくださったようである。
その演奏後、なんと私のパンフルートを買いたいと2人のおじ様がいらっしゃったのである。さらに、「演奏を聴かせてもらったので」と私とほぼ同世代の男性が暖かいうどんを買ってきてくれて、差し入れをしてくれたのである。こんなの初体験であった。ここに一つの傾向を感じた。演奏を聞入ってくれている人の8割以上が女性である。フリーマーケットと言う状況の中で、比較的高額商品のパンフルートを「クリスマスプレゼントにする」と買って下さったり、差し入れ下さったのは…全員男性。もしCDとか作って一緒に売っていたら、さらに女性の方たちもお買い上げいただけただろうなと言う手応えを実感した。
フリマに対する私の認識がすっかり変わってしまった。少々高い商品でも、価値を認めていただければ、製作者がどんな人物かが目で見てわかれば、フリマと言う状況でも売れるものは売れるのでおろう。
 その他、実は今日ここでは書ききれないほどのたくさんの出会いがあったのである。これからの演奏活動にも関係してくるものばかりである。そのうちの一つ、フリマ終了後誘われた喫茶店に行って見ると、そこではギター教室が行われていた。教室のコーヒータイムの際に、パンフルートの演奏を何曲か披露させていただいた。するとクラシックギターの先生がジョイントしようと、急遽セッションすることに。「芭蕉布」「太陽がいっぱい」「アベマリア」などなどぶっつけ本番でご披露。本格的なクラシックギターとのセッションははじめてで、緊張&集中の演奏になったが、自我自讃だが「録音したいくらいの」ばっちりのセッションができ上がった。ここの喫茶店はつき1回の喫茶コンサートが行われており、本格的なミュージシャン、演奏家をブッキングされているのに驚かされてしまった。「来年の喫茶店コンサートの年間スケジュールはもう決まっているのであるが、可能なら、パンフルートのプログラムも組みたいな」とオーナーのおめがねにどうやらかなった様である。
約7時間、寒かった屋外でのデモ演奏&クラシックギターとのぶっつけセッションと、吹きまくりの1日で今日はかなり疲れてしまった。
明日は朝から、工房見学のお客様あり、明後日もしあさっても工房見学あり、年末押し迫るにつれて、忙しさが増してきている観がある。ちょっと疲れが溜まってきているかな?
2006年12月21日

年賀状との戦い・・・精進

今日は午前中、デイサービスのボランティア演奏に出かけていた。昨年もここのクリスマス会で演奏させていただき、今年もお呼ばれしたのである。施設でのボランティア演奏をはじめてから、一番回数多く寄せてもらっているところである。演奏もさることながら、私の話芸(?)はここで磨かれたと言っても過言ではない。吉本新人芸人さんにとっての「ベースよしもと」「2丁目劇場」みたいなところである。レパートリーが急激に増えたのも、こちらでの演奏のおかげである。パンフルート1本だけで、伴奏なしなのに、歌声喫茶的な楽しい会ができるようになったのもここでの経験が活かされていると言えるだろう。
はじめてお会いしたスタッフの方が私のステージをご覧になって「パンフルートよりも歌がすごいですねー。“しもんまさと”さんみたいな声と歌い方だし…」との、お褒めの言葉をいただいた。「パンフルートよりも」と言われたのが、少々複雑な心境であるが…。確かに歌手歴28年とパンフルート歴1.5年だからなー。更なる『備前の風』の演奏上達に励まなくては…。明日の演奏はいよいよクラシックに挑戦の本番ステージである。
 この文章をアップさせたら、今度は年賀状との格闘である。今回は、今まで疎遠になっていた方々に、パンフルート活動を始めたことをお知らせする年賀状に絞って出そうと思っている。何だかとっても気ぜわしい。まさに「師走だな―」
追伸 先日「八代亜紀さん」に関する内容の日記を書いたのだが…それが思わぬ展開になるかもしれない、ということが今日判明した。詳しくは、まだここでは述べられないが、展開があったらお知らせしたいと思う。
2006年12月19日

値上げとルパン3世と八代亜紀

ここのところ工房にいる時間が多い。乾燥した女竹を油抜きする作業に、没頭している。
私の油抜きの方法は、火で竹をあぶる方法を採用している。竹の表面がきつね色のエナメル質状態になり、ニスなどの塗装を施さなくても、独特の風合いをかもし出してくれるからである。しかし油断してしまうと、竹に色むらができてしまうので、慎重に行わなくてはならない。火であぶる油抜きをすると竹の質が変わり、実に響きのいいパンフルートができあがるのである。その分手間と時間がかかり、20管の『備前の風』をひとつ完成すると、正直ぐったりする。材料の下準備から計算してみると、20管ひとつ製作するのに3日はかかっているだろう。そんなこんなで、トップページにも予告を記したが、現行の普及価格は年内いっぱいにして、来年から値段を大幅値上げさせてもらおうと思う。最低限の生活が補償できるくらいの収入を得なくてはならないのである。
 ところで工房で作業している時にも休憩時間中に『備前の風』の練習は怠らないようにしている。今週の金曜日の演奏で披露するクラシック4曲メドレーが最大の難関である。「ジュピター、威風堂々、モルダウ、家路」どの曲もスケールの大きい曲ばかり、オリジナルキーなので半音もいっぱい出てくる。やりがい大いにありである。
 数日前、休憩中にふざけて適当に吹いていたら、段々形になっていって、気がつけば「ルパン3世」のテーマを吹けるようになってしまった。パン・デ・デューのウォルティさん的な破裂音的低音奏法を参考にして、結構かっこいい演奏ができるようになった。(自我自讃)早速今週末の「フリマ会場でのパフォーマンス」で披露してみよう。
 それからもう一つ、大きな発見をしてしまった。「缶コーヒーBOSS」のテレビCMで流れる八代亜紀さんの「舟歌」に合わせて、演奏してみたところ、とっても雰囲気が合うのである。試しにその後、その「舟歌」と「雨の慕情」を練習してみると実に、『備前の風』の音色と曲が合うのである。すると、ふと気がついた、八代亜紀さんの声質って、パンフルートの音色に似ているよなー。日本歌謡界のパンフルートボイス、八代亜紀なのである。
いつか競演してみたいなーと、おこがましくも思うのである。
 ちなみに、尺八的な音出しと、うねるようなメロディーの演奏の仕方をすると、「石狩挽歌」も実に「ぐっ」と来る演奏ができることが判明した。パンフルートの可能性って結構無限大かも。
2006年12月16日

きらめき音楽会in直島

 今日は香川県の直島で開催された「きらめき音楽会」に参加させてもらった。今年で6回目とのこと。直島中学校音楽部の「こんぺい糖のおどり&マーチ」から始まり、学生達の演奏から、小学校・中学校の先生たちの演奏、社会人の方や中には、おまわりさんも演奏に参加されるなど、島を挙げての音楽祭であった。それがどれも本格的な演奏で、正直びっくりさせられた。クラシックや声楽からビッグバンド・ジャズまで、実にバラエティに富んだ内容であった。
 11月に出店した「ベネッセ・アートマーケット曼荼羅市」が縁で、今回お呼ばれしたのである。来年の出演依頼を受けていたのだが、今回プログラムの中に何とか私の時間を設けてくれて、パンフルートのソロ演奏を披露させてもらった。本格的なホールが会場で、スポットライトを浴びての演奏となった。逆光で観客の皆さんの表情が見えないため、会場とのやり取りを得意とする私にとって、少々トークがやりにくかったが、実に良い経験になった。
 ベートーベンのピアノソナタ「悲愴」を弾く教育委員会の女性の方の演奏には、惚れ惚れしてしまった。「あー、こんな人と競演できたら、私ももっと幅広いジャンルの曲に挑戦できるんだろうなー。」としみじみ感じてしまった。
 「直島はアートの島」という一般的な観光イメージがあるが、音楽の島でもあるなと感じることができた一日であった。来年の出演の際には、いつものスタイルで、会場と一緒に歌う曲なども何曲か用意してみることにしよう。それから、新年早々には四国本島での初ステージが実現する可能性も、実はあり楽しみである。決定次第お知らせしたいと思う。
2006年12月16日

旧友には会えず新友ができる。

12月13日の続きを書こうと思う。清水寺での演奏後、大阪に戻り、夜から梅田での集まりに参加した。12年前私はOBSという野外教育機関のJALTというコースを修了している。OBSの本校はイギリスで、世界中に学校を配する組織である。関心のある人は、是非HPを覗いて欲しい。そもそも、JALTでカヌー研修を受けていなければ、アオキカヌーワークスに就職することもなかったし、川面から竹の存在を知ることもなかっただろう。ということは、『備前の風』もこの世に生れなかったであろう。少々大袈裟ではあるが、確かに事実である。
 実はその夜「JALT修了者のOB会in大阪」が梅田の居酒屋で行われたのである。出席者は約20人だが私のような古株はほとんどいなく、比較的最近の年度に卒業した人達がほとんどであったのは、ちょっと寂しかった。だから私にとって全員が初対面であったが、
同じJALTという数ヶ月に渡る合宿野外研修を経験した人達ばかりだから、不思議とその場にいても違和感は全く感じなかった。というよりむしろ若い修了者の人達が、私を快く迎えてくれたのが良かったのかもしれない。乾杯の後、自己紹介と近況報告を全員やり、私の番は一番最後。パンフルート人生の始まりを近況報告としてさせてもらった。
 出席者の中には、学校の先生が何人かおり、この楽器を学校の活動にとり入れることにとても興味を持っている人もおり、何だか新たな展開の予感も感じさせられた。デモ演奏を何曲か披露。お客で満員の大きな居酒屋で演奏したのは、はじめてであった。何人もの人が、この楽器の特徴に興味を示してくれたことも嬉しかった。
 この日は、OBS長野校の校長も出席されており、校長より来年6月のJALTのカヌー研修のインストラクターを引き受けて欲しいとの、ラブコールまでいただいてしまった。パンフルート活動だけでは、正直収入が苦しい折に、昔とった杵柄、カヌーインストラクターの経験が収入につながることは、嬉しい限りである。何より、母校からの要請というのが嬉しく感じるのである。
 宿泊先のホテルに門限があったため、中座しなくてはならなかったのがとても残念であったが、都会暮らしのリズム感を取り戻せず、たった2日間でホームシック的な落ち込みを少々感じていた私にとって、はじめて会ったJALTの仲間たちのから、元気をいっぱいもらった感覚である。OBSに感謝、JALTよ永遠に不滅であれ、と言う気持ちでいっぱいである。
 明日は、直島の子供たちによる、本格的な音楽祭(的な)に出席させてもらうことになっている。これもまた、新しい出会いがたくさん私を待っている予感がするのである。
2006年12月14日

清水の舞台から飛び降りました。(関西遠征終了)

3日間の関西遠征から帰岡した。ガードマンとの戦い、街中に溢れる大音響のクリスマスソング、どしゃ降りからの回避…じっくりパフォーマンスらしいパフォーマンスができなかったので、かなり残念であったが、3日間で数十人の知り合いを作ることができたのが最大の収穫かもしれない。
 12日の夜、宿に帰り就寝直前にニュースを見ると、清水寺の「今年の漢字」の発表が放送されていた。その映像を見るや、直感的に「清水の舞台で演奏しよう」と思った。人生の再出発をパンフルートと共に進んでいく決意を下した時の気持ちは、まさに「清水の舞台から飛び降りる」覚悟であった。今、このニュースを見たのも縁かもしれないと思い、明日の清水行きを決定した。
 13日は、朝から雨であった。JRで京都に入り、京都駅からは私営バス。清水寺に到着したときはどしゃ降りに近い雨であった。雨の平日だというのに、参道は多くの人で、いっぱいであった。半数以上が修学旅行生で、いろんな地方の方言が楽しげに飛び交っていた。
そして、本堂に到着。雨の清水の舞台からは、霞のかかった紅葉の山並みが眺められた。
清水寺
 本堂に上がると、昨日テレビで見た「命」の文字が。若い観光客はその文字の横に立って万面の笑みにピースサインできゃっきゃと記念撮影をしている。なんだろう、とても複雑な気持になった。
命
15分ほど本尊の前に座り、心を静めた。そこに寺の関係者が通りかかったので、素生と事情を説明して、本堂での奉納演奏の許可をいただいた。畳2畳分以上もあろう大きさに書かれた「命」の筆文字が横にある、本尊の前に正座すると、吹き始めたのは「七つの子」であった。直前まで何を奉納演奏しようか決めかねていたが、思いが込められた迫力のある「命」の文字が曲目を決めたのである。演奏をはじめて、10秒ほどすると突然背中に激痛が走り出した。その痛みは脈打つ様に続き、演奏終えるまでその痛みをこらえていた。不思議なことに演奏を終えると、背中の痛みは嘘のように消えていた。急激な緊張が原因なのか…アンビリーバボーな体験であった。 京都駅に戻った時には、クツの中は雨水でぐちゅぐちゅであった。
 その日の晩、たくさんの新たな出会いが私を待ち受けていることを、私はそのときまだ知らなかったのである。この続きは明日。
2006年12月11日

二つの挑戦状

今日は、午前中工房にお客様が来られた。『備前の風』初期モデルを10Holesというネットショップで購入後、「どうやったらきれいな音がなるんですか?」と質問の電話を下さったことが縁で、お知り合いになれた、旧佐伯町にお住まいのご夫婦である。工房にお越しになるのははじめてで、太目の女竹のストックをご覧になって特にご主人が「よくこんなサイズの女竹を手に入れられましたね」と驚いていらした。ご夫婦はこの「風の音日記」を毎日チェックして下さっている様で、先日書き込みが何日もできなかったときなど、「病気じゃないですか?」と心配して電話をくださったりもしていただいた。お土産に広島のみかんとおいしそうな豆餅をいただいた。超うれしい。もしかして、先日の日記に「工房に来るお客様の手土産が甘いお菓子が多くて、うちの子供たちが棚ぼたでおいしい汁を吸っている。」と書いたのを覚えていての、セレクトかも、と後で思った。「大阪出張、気をつけて、頑張ってきてくださいね」のお言葉がとても嬉しかった。
 そう、明日からいよいよ3日間関西方面でパフォーマンスツアーを敢行する。初日は神戸・三ノ宮、2・3日目は大阪中心部での演奏になると思う。あわせて、新聞社の訪問や、ホテルにパンフルート演奏のPRにも行こうと思う。神戸はこの時期「ルミナリエ」開催中なので、夜の時間帯でも頑張ってみようと思う。大阪ではレコード会社や放送局の訪問もしたい。まあ、あまり肩に力を入れすぎずに、ひとつひとつできることからやってみよう。
あす、早朝JR大多羅駅から出発する。
 もうひとつ、新しい目標ができた。それは「ロハス・クラシック2007」にエントリーすることである。私の好きな雑誌に「ソトコト」という雑誌があり、この本が日本に「ロハス」という考え方・行き方をいち早く紹介したのである。私は言わばそこのネット会員になっていて、定期的にメールマガジンを送ってもらっているのである。今日そこから、「ロハス・クラシック2007」のオーディション開催のお知らせが届いたのである。主旨にも賛同でき、「これはエントリーするしかないでしょう!」と即断した。審査委員長は「坂本龍一氏」である。1次審査で落ちたとしても、「教授」に私の演奏を聴いてもらえるだけでも、光栄の極みである。「一丁、頑張ってみますか!」
2006年12月10日

私の極上の時と場所を二つ(素敵な日曜日)


今日は二つの会に出席した。一つは「演奏スケジュール」でもお知らせしていた。「コンドルほのぼのコンサート」である。岡山市のフォルクローレ・グループ「コンフント・アンデス」のM氏が企画されたコンサートで、8組の演奏者がさまざまな楽器でいろんなジャンルの曲を披露。一組平均15分ずつのオムニバスコンサートである。フラメンコギター、マンドリン&ギター、リコーダー・アンサンブル、オカリナアンサンブル、ギター&ボーカル、フルート&クラリネット、フォルクローレ…そして私のパンフルート。みんなが口ずさめる曲からクラシックの名曲や民族音楽まで、実にバラエティに富んだ内容の2時間半のコンサートであった。パンフルートソロ演奏は皆さんはじめてだと思ったので、私は、「星に願いを」「嬉しいひな祭り〜思いでのアルバム〜宵待ち草〜花嫁人形〜かあさんの歌(メドレー)」「散歩(トトロより)」を披露させてもらった。私の出番は8組中7番目で
、一番後の席でずっと見ていたのであるが、聴衆の皆さんの楽しんでいる様子が、後からでも良くわかった。曲のテンポに合わせて、老若男女、身体が左右に揺れているのである。ところが、中に身体が前後に揺れている人がいたので、横からのぞいて見ると、そのひとは、気持ちよさそうに寝ていたのであった。でも、本当に気持ち良くなる、まさに「ほのぼの」した演奏が続いたので、眠くなるのは自然の摂理だと感じた。外は曇っていたが、この部屋にだけ「小春日和の太陽の光」があたっているかのような、とても居心地の良い空間になっていたのだと思う。それにしてもコンフント・アンデスのM氏の「サンポーニャ」の演奏はすばらしい。パンフルートとサンポーニャは基本的な構造は同じなのだが、全く音色が違うのである。M氏がサンポーニャを吹くと目の前に突然「ボリビア高地の景色」が鮮明に浮かんでくるのである。すごい、すごすぎる。
 今日、もうひとつ出席したのは、和気町にある画廊喫茶(この表現であらわしきれないくらい、こちらも居心地の良いスペースであった。)『栂(とが)』で行われた。森田恵子さんの朗読会であった。『和みおかやま』という、岡山の素敵な喫茶スペースを紹介した本を、出版され、そのために撮影した写真を、写真展として披露することを企画され、その第1期開催を記念して、森田さんの朗読会が開催されたのである。森田さんはアナウンサーとしてのキャリアが長く、さまざまな経験を経て、「話す」ことのプロとしてのキャリアは、すごいものがある。(こんな表現しかできなくてすいません)FM岡山の番組が縁で、『備前の風』の後方部長もかってくださったり、様々な面で私の活動を応援してくださる、私にとっては『和服がとっても似合う、幸運の女神』なのである。このHPのTOPページで私と一緒にパンフルートを持ってポーズしてくれている女性である。はじめての朗読会体験であったが、すごかった。何がすごいって森田さんの語りが始まるや否や、頭の中でどんどん物語が展開していって…。今回の作品は山本周五郎の『花匂う』であったのだが、私の頭の中では、大好きな映画監督市川昆さんの極上の映画を見ているような状態で、山本作品を森田さんの語りで楽しめたのである。私の夢がまた一つ増えた。森田さんの朗読と私のパンフルートソロで新しい創造空間が作りたい。強くそう感じたのであった。会終了後、オーナー夫人にご挨拶させていただき、了解を得て、パンフルートの演奏をさせていただいた。音の響きがとってもやわらかに感じられ、以前勝山の醤油蔵を改造して作られたホールで演奏したときの響きにとても近いものを感じた。いつか、きっとここで演奏できたらいいなあと本当に強く感じたのであった。
2006年12月06日

夜の訪問者(2)

今夜は8:30に工房にお客様が来る。私のパンフルートを「お友達の誕生日プレゼントにしたい」と注文くださった女性が、お友達を連れてくるとのこと。そのお友達は男性で幼馴染とのこと。私よりもほんの少し年上の人達だが、今でも誕生日のプレゼントをあげ合っている関係、幼・小・中のころの友達とはすっかり縁の離れた私にとって、本当に・ましい限りである。何物にも替え難い、人生の宝物のようにも思う。友達の男性は、この日実物の『備前の風』を見るのがはじめてである。吹き方を簡単に説明すると、要領よく音出しに成功されていた。デモ演奏で、二人のすぐそばで数曲演奏すると彼女は大喜び、お友達の男性は「歌う様に吹けるんですね」と驚き含んだ喜びの表情だった。談笑交えながらの楽器引渡しを終え、お支払いと共に「お菓子のお土産」までいただく。工房に来る女性はほとんどの方が、手土産を持ってきてくれる。女性の気配りはさすがだな―と思う。そのほとんどがお菓子関係で、「棚ぼた式」にうちの子供達の「お菓子環境」が、工房の公開や演奏活動の機会が増えるたびに「豪華になってきている」。まさに「おいしいとこを」持っていっている。
 それにしても、今日の女性の職業も看護婦さん。以前にも看護婦さんが買われている。先日、『備前の風』を買ってくださったのはお医者さん。1ヶ月ほど前に注文くださった方は牧師さんである。『備前の風』を
買おうとされる方の職業に「人の心や身体に係わった職業の人が多い」のはこの楽器の持つ様々な特徴によるところがあるかもなあ、とも思った。今月には、工房見学の問合せが数件はいてきている。嬉しい限りだ。縁が縁を呼んでどんどん広がっていく実感がある。来週の関西ストリートパフォーマンスツアーでも新しい良縁がいっぱいできますように。
2006年12月03日

ジャズをこよなく愛する外科院長

 今日は倉敷市玉島の渡辺胃腸科外科病院の新病院竣工記念パーティ&見学会で午前・午後と演奏させていただいた。午前は祝賀パーティ会場で医療のトップの方たち80名以上の前で演奏、乾杯前に「乾杯の歌」(アメリカ学生歌:杯を持て〜♪)を演奏、その後日本の歌や海外の曲を披露。出席者の中に以前別の病院で手術を受けた時の執刀医の先生が二人もいらしたのを発見して、今までで最高に緊張した状態で演奏を行った。
 午後は新病院の見学にいらした地元の方たちの前で30分のステージ。客席におばあちゃんがいっぱいいるとなぜかとっても楽しくステージが進められるのは、やはり日頃の施設での演奏を思い出すからであろうか。嬉しかったのは、午後の演奏終了後、一番前で見てくださってた、おばあちゃんが『備前の風』を気に入ってくれて、1本注文してくださったのである。もうひとつびっくりしたのは、司会がいつもテレビで拝見していた大好きなアナウンサーさんだったのである。テレビで見るよりもきれいだったので、ちょっとドキドキしてしまった。
 それからもうひとつびっくりがある。それはここの病院の栄養部の方たちである。新しくできた喫茶コーナーで、めちゃくちゃおいしいプリンをいただいた、聴けばこちらの栄養部の方たちが作られたとのこと。更に聴けば、ここでは入院患者さんへお出ししているパンは自分たちで作っているとのこと。雑穀や古代米をとりいれたり、また冷凍ものは一切使わないなど。口で言うのは簡単だが、有言実行で安心して患者さんに召し上がってもらえる食事の提供を心がけているとのこと。すごい病院とご縁ができたなと、今振返っている。23年間このちで頑張ってこられた、渡辺院長は実は、ジャズ・プレーヤーの顔も持つ方。いつか先生と新病院のホールでセッションにてみたいものである。
2006年12月01日

京阪神&九州出張?

何だか、また運命の大きな車輪が回り出した予感がする。先日、病院の待合で見たNHKテレビの番組で取り上げられた会社が発行している新聞が妙に気になって、その後その会社にメールを送ったのである。その会社は「日本一明るい経済新聞」という新聞を発行しており、関西の元気な中小企業を取り上げ、「中小企業のみんながんばろうでー!!」とエールを送りつづけているのである。
 その新聞のことを知って、ひらめいたのである。私のパンフルートは、子供のお小遣いで、すぐ買える金額ではない。もし、量産が可能になれば、値段も下げられるし、アウロスのプラスチック・パンフルートのようなものが作れれば、さらにパンフルートが身近な存在になるのではないか。楽器製造を関西の中小企業と協力してやれば、私はPRと演奏活動に専念できるのではないか。大阪に9年住んでいた私にとって、リアリティを感じる考えであった。とりもなおさず、新聞社にメールを送り事情を説明した。その返事が、今日届いたのである。それも編集長から直々に、「今井さんのことを記事にさせていただきます。」との嬉しい知らせである。どこの馬の骨か、わからない私の思いを汲んでくださった、編集長に心より感謝を申し上げずにはいられない。
 実は今計画していることがある。『備前の風』行商&ストリート(ゲリラ?)パフォーマンスツアーin京阪神。予定は12月12・13・14日である。この間、関西方面にいるので、取材方々伺いたいと先ほど新聞社にメールしたところである。新聞を通して、関西の元気企業との良い出会いが生まれることを祈っている。
この日記をご覧の関西方面の方で、パフォーマンスが出来そうな場所をご存知の方はお知らせいただければ、大変うれしいところである。社員食堂や商店街・お店の前、学校や病院など…大勢の方がいらっしゃるとこなら、どこでも出向くつもりである。5分でも10分でもかまいません。もちろんNOギャラで動くのでご安心を。ひとりでも多くの人に『備前の風』の存在を知ってもらうのが目的である。詳しい予定が決まったら、またこの場で予告したいと思う。
 では、九州出張とは何か?これは後日、日記に記したいと思う。
2006年11月30日

夜の訪問者

ここの所、公私共にバタバタして、日記を書き込むことが出来なかった。そのため、何人もの方から「無事で生きているか」安否を気遣う、メールや電話をいただいた。有り難いことである。日記を書いたいなかった間に「教会での演奏決定」や「行商&パフォーマンスツアーin京阪神を12月中旬に敢行」などのトピックスもあったが、後日記述することにする。今日は、夜に工房にお客さまが来られた。私のパンフルートを買ってくださった女性である。工房で直接受け取りついでに、ミニレッスンも受けられればとのことなので、お招きした次第である。製作したパンフルートをお渡しすると、少女の様に喜んでくれて…作り手冥利に尽きる瞬間であった。それからミニレッスンの開始。まずは持ち方からと、少しずつ教えていこうとするが…どんどん吹こうと挑戦していく彼女。いろいろアドバイスするが、半分は聞こえてないくらいに、演奏挑戦に夢中になっている様子である。こんなタイプの生徒ははじめてであった。それがどうだろう、パンフルートを吹くのははじめてで、まともな音すら出ていなかったのに、どんどんコツをつかんで、1時間後には半音の入った曲まで吹けるようになってしまったではないか。楽器経験はあるとの事だが、この女性は天性の「感の良さ」があるように感じられた。初心者が1時間もパンフルートをぶっ続けで吹くと、過呼吸か酸欠で頭がふらふらするようなものだが、彼女は平気な様子である。きっと彼女と『備前の風』の相性が合ったんだろうなと、今になって思われる。岡山にまたひとり、パンフルート愛好家が増えた。嬉しい限りである。
2006年11月21日

「モルダウ」は目を閉じて…

12月にはステージが、ギャラが発生するもの、ボランティアのもの、合わせて6回予定されている。中でもクリスマス時期に予定されている、某デイサービスの演奏では、本格的(?)クラシックに挑戦する予定である。スタッフでもあり、ピアニストでもあるYさんと先月リハーサル練習をしていく中で、彼女の思う「パンフルートの音色が合う曲」を何曲かピックアップしてもらった。「ジュピター」「家路」「威風堂々」、そして私からは「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」「星に願いを」。その他「きよしこの夜」等のクリスマスソングと「雪の降る町を」などなど。デイサービスのステージとしては、異色の選曲になりそうである。
 彼女がもう1曲クラシックから選曲してくれたのが、スメタナの「モルダウ」と言う曲であった。タイトルからどんな曲かがわからず、今日図書館に行ったので、CDを借りてきた。工房でCDを再生したところ…「あっ、この曲知ってる。」重厚感のある管弦の演奏に、切なささえ感じる旋律が、歌う様にメロディーラインが流れていく。まさに「モルダウ川の流れ」のごとくである。「この曲をやりたい!!」そう思うや否や、愛器を手に取り、主旋律を身体に叩き込もうと、何回もCDに合わせて演奏してみた。随所に半音が登場してくるが、集中力を高め、全音と遜色なく出せるように何とかなってきている。いかにこの曲の持つ雰囲気を、私の感情をとおして『備前の風』で表現できるか、演奏の真価はそこに問われるだろう。30分ほどで、この曲を練習し終えると、結構「精魂つきはてる」的にぐったりしてしまった。矢吹ジョーのように「燃えたぜ、燃え尽きたぜ」と口走りたくなる心境であった。ここ1年で私の白髪が、急速に増えているのは、パンフルートの演奏に
多大なまでに神経を使っているからではないかと、最近思う。
 パンフルートの音色は素朴で温かい、独特な響きを持っているが、そこに情感を含ませるには様々なテクニックを同時進行させながら演奏しなくてはならない。楽譜がろくに読めない私は、演奏中自分が吹いている音の音階はほとんど全くわかっていない。ただ「今のこの音の、次ぎの音はこの管からどれくらい離れた管の全音・半音」と言うのを無意識にイメージしながらその連続でメロディを奏でているようなものである。だから演奏中はほとんど目をつむっているのである。はっきり言って、練習で身につけた「かん」で演奏しているのである。まるで「けんだま」のようにである。我ながら、「こんな手法でよくやるよ。」と思いつつ、こんな手法だからこそ、いろんな楽器に挑戦して途中で挫折した私でも続けられたのかもしれないと、最近つくづく思うのである。
 ピアニストのYさんのおかげで、自分の音楽性の幅がぐんと広くなっていく様である。私のささやかな夢は「彼女のピアノにのって『タイム・トゥ・セイ・グッバイ』をアンドレア・ボチェッリのところを自分で歌い、サラ・ブライトマンのところを『備前の風』で演奏する」ことである。カーネギー・ホールで…  こりゃまたでっかい夢ですこと!!!
2006年11月18日

運命の再会と「備前の雨」

鳥取の由緒ある山寺、「清徳寺」で朝を迎え、昨日盛り上がった、囲炉裏端で朝食をいただき、岡山に戻ることとした。出発直前に「お寺のお札」「地元の野菜」「甘茶」「日本海で捕れたするめイカの一夜干」… 地元のお土産をたくさんいただき、なんだか「里帰り」した息子が都会に戻る時のような気分になってしまった。清徳寺のみなさんありがとうございました。
 車を飛ばし…、でもやっぱり岡山までは3時間半かかってしまったが、無事帰宅。昼食を子供たちととるやいなや、私の母校「岡山県立岡山朝日高等学校」の「母校交流フェスティバル」に向う。夕方からは近くの会場で懇親会が執り行なわれた。わたしの学年は昨年が当番幹事だった関係もあって、懇親会にも多くの懐かしい顔が訪れていたが、今年は顔見知りが少なかったのが少々残念ではあった。
 でもびっくりである。会場外の廊下で話している女性、どこかで見覚えがある… 。そうだ、私がサラリーマンを辞めるきっかけになった病気の治療にあたって下さった。先生ではないか。なんと、先輩であったとは…。念のため名札を確認、「こいつは何をしてるんだ」と驚いた表情の先生に事情を説明し、ご挨拶とお礼を申し上げた。何年振りかの再会をこんな場所で果すとは…。何だか熱いものを感じた私は、その勢いを借りて、同窓会理事長にこの会場での『備前の風』の演奏の許しを請い、そして演奏するに至ったのであった。個人的には「仰げば尊し」をみなさんと大合唱したかったのであるが…その後、応援団が登場して、校歌を斉唱するので、別の曲に変更、脈絡はないが、皆が知ってる、懐かしい曲との事だったので、「瀬戸の花嫁」をパンフルートのみで演奏した。少々酒酔い状態であったが、頑張って演奏。会場の多くの方が(特に女性陣が)一緒に歌ってくださったことに感謝である。演奏終了後、何人もの人が私のところに、チラシをもらいに来てくれたのも、とっても嬉しかった。「全学年同窓会とも言える行事の懇親会で演奏を請うという売名行為の無礼にも皆さんは温かく迎え入れてくれた」。会場の窓から見える外はすでに夜景色である。しとしとと冷たい雨が冬目前を感じさせていたが、私の心は昨日・今日ととってもあたたかままであった。みなさんありがとう。
2006年11月17日

子供達の音楽と思いでの赤色

 今日は、午前中小学校で行われる子供達の「学習発表会」を観に行った。息子は友達と司会、そしてパンフルートのソロ演奏…。目立ちたがり屋と言う訳ではないが、臆することなく、人前で振舞えるところは、親父譲りか。終了後、担任の先生のところへ行き、息子にチャレンジの機会を下さったお礼を言い、「本物のパンフルートの音を聴かせて上げたい」(超えらそうに、よく言うは!!)とお願いをし、先生から許可をいただいて、クラスに残った子供達の前で、2分ほどパンフルートの演奏を披露した。子供たちは大きな目を開けて、興味津々の顔で私の演奏を見入っていた。
 引き続き、今度は体育館で娘の学年の合同による、合唱・合奏・ボイス&ボディパフォーマンスを観に行った。体育館はすでに保護者で超満員である。娘を見つけると、ビデオの用意…普通のパパである。小学2年生でここまでまとめあげたステージをするなんて、相当みんな練習を重ねたんだな、「頑張ったんだな」と思うと目頭が温まっていくのを感じずにはおられなかった。
 その後、4年と6年の演奏があったが、退席し帰宅。準備の上、ちょうど12時に、鳥取に向けて車を発進させた。
 紅葉の中国山地を「峠越え」して、鳥取に入る。スキー場がある氷ノ山の方角に向って車を走らせる。その手前の山里を奥へ奥へ、さらに奥へ奥へ…。ついに携帯の電波も「圏外」となる。村人のみなさんに道を聞きながら、車を走らせていると、なんだかひとりで「ダーツの旅」をしている気分になってしまった。
 打合せの段階では、岡山からは2時間半でつくと伺っていたのだが、私の車と運転では3時間半もかかってしまった。「遅刻」。到着した時には、琴奏者の方々が予定を繰り上げて第2部の演奏をしていただいて、場をつないでもらっていたのであった。気はせくし、荷物を運んで、息は弾むし… でも、待っていただいたお客様のために、すぐに演奏しなくてはならない。お寺の上の山で汲んだ「おいしい涌き水」を一杯いただいて、精神統一。
到着後、約8分で演奏に入る。お琴とは「もみじ」と「ふるさと」をリハなしで、ぶっつけ本番。そうそう演奏はお寺の本堂の中で行われた。お客様との距離は1メートルほど。そんな状況では、たって演奏も出来ず、はじめてお客さまの前で、正座して演奏した。
 演奏に入るまで、かなりバタバタしてしまったが…。お琴との競演も成功!「琴と『備前の風』の音色が」とても合うのでびっくりしてしまった。ソロ演奏も、歌も、トークも成功!本堂からはしばしば多くの女性たちの笑い声が漏れて、3方を囲んだ山々に響き渡っていたに違いない。気分は「プチ瀬戸内寂聴さん」であった。
 その晩はお寺に泊めさせていただき、地元の方たちと、楽しい一時を過ごさせていただいた。このご縁を下さった、Mさんには、お疲れさま、そして感謝である。囲炉裏に燃える炭の赤と、五右衛門風呂を沸かすマキの炎の赤、そして夕焼けが染める空の赤、そして寺を囲む「もみじ」や「かえで」のみごとな紅葉の赤。今年の10大ニュースに入る、今日一日の出来事たちであった。
2006年11月16日

ついに特注オーダー、ついに鳥取遠征、ついに息子デビュー?

今日の午前10時から11時ごろまで、私は工房で、のた打ち回っていた。またまた結石の痛みである。今度は下腹部近辺の痛みなので、おそらくレントゲンに映った、膀胱手前の尿道の石が動き出したのだと推測できる。辛抱できず痛み止めを飲んで20分後、すっと痛みが引いていった。薬の効果にしては、早過ぎるので、おさらく石が膀胱の中に落ちたのであろう。生々しい実況報告で…恐縮です。
 明日の、鳥取のお寺での演奏に影響が出なかったら良いのだが…。明日は午前中、小学校の学習発表会を見に行く。長男のパンフルート演奏に期待大と不安少々である。長女は体育館で学年全員による合唱&合奏&ボイスパフォーマンスである。二人ともdo your best である。それを見てから、昼に車で鳥取に向けて出発。峠で雪に見まわれなければ良いのであるが。そしてお寺で「灯篭点火」などのいろんな場面で、『備前の風』のパフォーマンスを披露する予定。今回はお琴の師範も出演され、2曲ばかりセッションさせていただくことになっている。はじめて尽くしの明日の演奏である。
 今日一番驚いたこと、それはお昼にかかった一本の電話であった。受話器の向こうの男性曰く「新潟に住んでいるが、某ネットショップ(私が商品を卸している、楽器専門ネットショップ)で『備前の風』の初期モデルを購入した。その音色を大層気に入り、ネットで調べたところ、モデルチェンジをした事を知って電話した。」とのことである。この方は、フランスのパンフルート・トップメーカーや、韓国メーカーのパンフルートもお持ちで、耳は肥えていらっしゃる様子。そんな人から「あなたの作るパンフルートは、艶っぽい(つやっぽい)音色がする。」との評価をいただいた。若い人にもわかるように言うとすれば…「音色がセクシー」ということか?いずれにしろ、『備前の風』を気に入っていただき、低音部を増やした特注モデルは作れるか、との質問の電話であった。快くお引受して、先方からの詳しい注文内容がかかれた手紙を待つことになった。昨日は石川県からの注文が入り、ちょっと前には、九州からも…。そしてついに新潟からも注文が入った。それも特注である。不安だらけの「にわかクラフトマン」にとってそれらの注文は本当に私を勇気付けてくれる。『備前の風』前線が岡山から、日本の北と南に同時に延びていくような感じがして嬉しい限りである。
 振りかえってみると、『備前の風』注文の男女比はちょうど半々、年齢層で多いのは私と同じ40代から50代と言ったところである。これからももっともっと多くの人に知っていただき、挑戦してもらえるよう、奇跡の石じゃなくて…奇跡の楽器になるよう頑張るつもりだ。
 明日は鳥取泊のため「日記」はお休みです…新聞の休刊のお知らせみたい…
2006年11月15日

憧れのドレス?

今日は、一日倉敷市にいた。午前中は倉敷市内の真備町にいった。岡山県内で竹の町として知られているのは、勝山町とここ真備町である。『備前の風』の製作で使用する女竹(めだけ)の地元での仕入先を探すつもりで行ったが、この町には竹材店はなく、ここからの仕入れは無理なことがわかった。出きれば岡山県、無理なら中国地方で取れる女竹で『備前の風』は作りたいものである。中国地方で取れた女竹を扱っている竹材店の情報をお知りの方は、ご一報いただきたいところである。
 午後から、病院へ行く。と言っても自分の結石の治療ではなく・・・
新しく病院を建てられて、その竣工式の歓談の時間などで、パンフルートを演奏して欲しいという依頼を受けたからである。正直、そんな改まった席での、演奏ははじめて・・・ましてや伴奏もなしのひとりパフォーマンスである。かなり不安要素があったが、関係者の皆様や院長先生が私のデモ演奏を大変喜んでいただいたので、自信を取り戻すことが出来た。でも今回はパーティの雰囲気の中での演奏なので、いつものような、アウトドアマンのような格好ではなく、多少おしゃれをしなくてはなるまい。この「多少」と言うのが、一番難しい!!スーツでパンフルートでは、私のパフォーマンスには合わないし・・・。フォーマルな雰囲気にも合って、なおかつ肩苦しくない衣装である。うーっだれか私のスタイリストになって欲しいー!!男ひとりのステージなので、花がない!いっそのこと、思いきって「三輪さん」のようにドレスを着て演奏してみようか。 うー、うー、うー、うー。
2006年11月14日

パンフルート音楽隊とハーブの力…3つの予感

 結石を作らないためには、私の場合夕食が午後11時というのを改善しなくてはならない。そこで今日から早寝早起きいに切り換えてみようと思う。息子(小5)は早朝トレーニングをしている。その息子に起こしてもらい、ジョギングを再開してみた。もともと早朝練習を息子に勧めたのは私で、数年前までは朝よくいっしょに走っていたものである。まだまだ息子には負けないつもりだった。ところがである、軽く準備体操して、少々ウォーキングして身体を目覚めさせ、いざジョギングとなったとき、全くスピードが出ないのである。しかも100m走ったくらいで、もう息が上がっているのである。おまけに、小2の娘も一緒に走ったのだが、彼女にも追いつかないのである。これは朝から「ショック大!!」であった。確かに最近ほとんど足を使っていない。移動はほとんど車だし。変な話、東京や大阪に住んでいたときのほうが電車を使う分、よく歩いていたと思う。こらは、精進しなければ「メタボリック・パンフルーティスト」になってしまうぞー。うーん、まずい予感。
 さて午後から納品を兼ねて、施設の歌の時間に演奏と歌唱を行いにいった。ここの先生とスタッフの方が前回演奏に伺った時に、『備前の風』を気に入ってくれて、注文してくれたのである。二人とも女性で、まず音が出せるか心配したが、見事に二人とも音を出せた。
スタッフの女性などは、自宅で空のペットボトルを使ってパンフルートの模擬練習を重ねていたとの事。「すごい!!」手渡して、10分ほどで3人で童謡の合奏までしてしまった。
先生曰く「音楽隊を作りませんか」。先生も乗り乗りである。ウキウキした女性は、素敵なものである。ここの歌の時間は月に2回あるとの事で、毎回は難しいが、ときどき顔を出しては、二人の練習状況などチェックしていこうと思う。音楽隊がほんとに出来てしまったりして…。ちょっとうれしい予感である。
 その後、10月15日の勝山での演奏を聴いてパンフルートを即注文下さった、「御前酒クラブ」の会員の女性が開いているお店を訪れた。突然の訪問に彼女はびっくりしていたが、歓迎してくれた。彼女の店はアロマテラピーとハーブのお店で先日2周年を迎えたとの事。
歓迎にハーブティを煎れてもらった。これがまた、結石で痛み、朝のジョギングでショックを受けた私の心と身体に、染み透る染み透る。今まで1日4〜5杯コーヒーを飲んでいたが、実はそれも石には良くないことは、よく知っていたのである。1日の飲み物のサイクルの中にこのハーブティが入れば、コーヒーも減らせて、ハーブでリフレッシュで一挙両得かもしれないと思い、先ほど施設でいただいたパンフルート代でハーブティを購入した。いろいろ話しをしていく中で、彼女のハーブの知識と私のパンフルートをコラボさせてみるのもおもしろいねという話にもなった。サロンのような部屋で彼女が見たてた、その時の各自に合わせたハーブティをいただきながら…(甘いものがあってもいいかも)パンフルートの演奏を聴いていただく、そして楽しいおしゃべり…。こんな会があったらとっても楽しいと思う。いままで、楽器奏者とのコラボレーションのことばかり考えていたが、ジャンルの垣根を越えての相乗効果で、新しいものが生れる予感みたいなものをつよくかんじたのであった。

私のおすすめのお店… ご本人の了解を得てここに掲載いたします。

アロマテラピーとハーブのお店「健康の森」
岡山市蕃山町3−18 佐々木第2ビル1F  中央中学校の西隣あたりにあります。
086−227−1205
健康アドバイザーで看護師としても長年働いてこられた福島さんのお店です。
興味のある方はお気軽にお電話してみてください。
2006年11月14日

コメントのお礼と、返事の誤解?

 昨日は疲れのあまり、日記がかけなかった。今は朝の9時前である。前回の日記にたくさんのコメントをいただき、みなさんに感謝である。実はそのお礼コメントをひとりひとりにメール返信もしくは相手のブログにかき込みをしていた。そこでかき込みをしてくれた人のブログを見ると、他者からのコメントに対してその返事をそのままコメントの続きに記載しているではないかー。「あっそれで良いんだー」
 インターネット経験はそこそこあったが、ブログかき込み経験の乏しかった私は、掲示板の様にそのままコメントの返事を書き込んでよいことを知らなかったのである。ん〜恥ずかしい。
 さてさた、みなさんから「このままの感じの日記でいいよ」というお言葉をいただき、何だかホッとしています。奇跡の石も腎臓を通過し膀胱近くまで来ていて「痛い危険地帯」を無事通過したし。今日からまたぼちぼち頑張ることにしよう。
 
2006年11月12日

牛窓エーゲ海フェスティバルと奇跡の石

 今日無事「エーゲ海フェスティバル」のステージを務めることが出来た。しかし、大変な一日だった。実は、昨日の朝もそうだったのだが、今朝起きて右腰から背中の下の方にかけて、鈍痛(どんつう)が感じられていた。その痛みは、時間がたつに連れて、どんどん増していき、会場での9時からのリハーサルを終えたころには、かなり激しいものになっていた。この痛みは、間違いなく「結石」の痛みである。腎臓で出来た結石が尿道に入る辺りでの引っかかりの痛みである。30代後半から、忙しさのあまり夕食を深夜11時頃とったりする日が続いてしまうと、尿道結石が出来てしまう体質になってしまった。要は、無理がたたると発症する、私の持病とも言える。そう言えば6月に行ったコンサートの前前日にも、結石の痛みのため、病院に転がり込んだことがあった。今回はなんとステージの直前である。最悪は、痛みのためまともにステージを務められないかもしれない。「まずいぞー」
 リハーサルを終えたその足で牛窓のメインストリートに徒歩で出て、地元の人に薬局の場所を聞き、歩いて向ったのであった。いやな予感はしていたが、薬局はお休みであった。どんどん痛みは増すばかりである。やっとの思いで入った小さなスーパーで、シップぐらいは手に入るかなと思い、聞いてみたが、レジのご主人はないといった。困っている私を見かねてか、事情を聞いてくれ「それならカイロを貼って、温めたらどんなんでー(いいんじゃないかい)」と言ってくれ、最後の頼みに「使い捨てカイロ」を購入した。スーパーのご主人、本当にありがとうです。
 使い捨てのカイロを貼ったのが良かったのか、薬局まで歩いた1.5kmのウォーキングが良かったのか、お昼頃には何とか痛みが治まって、無事演奏が出来たのである。
 ここのところ、安定した演奏とステージングが出きるようになったが、演奏以外のところで苦労することが多い。でも、見ず知らずの私に地元の人達は優しく手を貸してくれるのである。まだまだ、この日本、捨てたもんじゃないなー、と偉そうながら、つくづく嬉しくなるのである。
 会場には私の支援者のひとりTさんや施設でピアノ伴奏をつけてくれる、Yさんなどなど知り合いの人々も多く来てくれていた。Tさんは私のステージ中、私のプロモーションチラシを会場で配布してくれた。本当に助かりました。Yさん曰く「今回はプロの音響さんがついていたので、音がとても良く響いてましたよ。」とおほめの言葉。彼女のピアノに合わせて、演奏できたらナーとその時、心の中では独り言を言っていた。
 60枚ほど用意していたチラシはあっという間になくなってしまった。その上、夕方には『備前の風』20管×2本の注文が電話で入ってくるなど。「結構みなさんに、評価してもらえたのかも…」という思いがした。
 明朝も鈍痛がしたら、病院に行きたいところだが…今週はずっと予定が入っているため行けそうにない。やっぱり何もかもひとりでやろうとする限界を、ほんの少し感じる今日この頃である。
 それにしても私の日記はパンフルートそのもののこと以外の話ばかりの気がするナー。こんなんでいいのかナー。毎日約50人の人が私のHPを訪れてくれている。毎日ほぼこの人数に近い人が訪れていると言うことはリピーターがほとんどであろう。つまり、風の音日記を毎日チェックしている人が全国に50人近くいるということであろう。その方たちに伺います。もっと演奏にスポットを当てた方がいいでしょうか、製作者としての日記もあった方がいいでしょうか。それともこのままの感じでいいでしょうか。ご意見コメントを多くの方からいただければ幸いの極みです。
2006年11月11日

寒風の夜、甘酒とパンフルート…そして紅白出場?

 今日の夜は、岡山市の撫川(なつかわ)城址公園芝生広場で、「第2回吉備・陵南まちかど博物館 前夜祭」のステージでパンフルートの演奏を披露させてもらった。前夜の雨で、心配していたが、天候は何とか雨なしで開催できた。しかし、寒風が…強くて、演奏していた私も少々寒かったが、じっと座って聴いていらした、みなさんはもっと寒かったと思う。振る舞いの甘酒でなんとか暖を取りながら、最後までお付き合いいただいて、とっても感謝している。2部構成の間の休憩時間には、子ども達が私の周りにむらがって、みんな一生懸命パンフルートに挑戦してくれた。ほとんどの子が一発で音を出せて…この子達が今からパンフルートを習ったら、大人になるころには、みんなかなりのスペシャリストになるぞ、と率直に感じた。1部は子供向け2部は大人向けの演奏。1部の演奏では、子ども達の大合唱(「散歩」や「ドラえもん」)も聴けて、とっても楽しかった。
 なかに、ひとりとても会場を盛り上げてくれる子どもがいた。2部の「川の流れのように」の時など、演奏に合わせて踊り出すくらいである。私の子どものころと、行いがそっくりで何だか「子供のころの自分を見ている」ようで、不思議な感じがした。聞けば、その男の子(小5)は「ドジョウすくい」の前日本チャンピオンとのこと、今年は惜しくも2位とのこと。音楽を聴けば、勝手に身体が踊り出してしまう、天性の才を持っているのだろう。そう言えば、子どものころ大好きで憧れたマンガに「いなかっぺ大将」というのがあり、主人公の「風大左衛門(かぜだいざえもん)」も、音楽を聴くと、勝手に踊り出して止められない子どもだったよなー。
 暗闇の中に数多くの灯篭が灯りを燈す、幻想的で、懐かしい雰囲気の中、みなさんと楽しい時間を過ごせたことが何より嬉しかった。
 演奏終了後、係の方から締めのあいさつをいただき「演奏もさることながら、歌が非常にうまいことに驚きました。」とまで言っていただいた。私のステージは「パンフルートと歌とおしゃべり」の3要素で成り立っているが、どうやらそのバランスは絶妙に良いそうである。やってる本人は、なかなかわからないものなのであるが…。
 よくステージで「来年の紅白目指します!!」といって、みなさんを笑わせていたが、まじで出演を目指してみようかと一瞬思ってしまった。でも待て、持ち歌がないじゃないか。でもでも待て、由紀さおり&安田… 大サーカス?、もとい、安田祥子姉妹は、童謡の歌唱で紅白に出場していた記憶があるぞ。一生懸命頑張れば、いつかは紅白に出られるかも。それって両親には最高の恩返しかもしれないぞ。「男対女」なんて言うよりも「西日本対東日本」とか「若年対中高年」なんかの方が今は楽しめるような気がする。紅白には思うところがいろいろあるが、明日の出演もあるので今日はこのくらいにしておくとしよう。
2006年11月10日

朝日新聞に私の記事が

 今日の朝日新聞朝刊に私の記事が掲載された。岡山市エリア版だけかな?結構大きな記事で、少々びっくりである。近所の人や、息子のバスケットボールの友達からも、「見たよ」の反響あり。この掲載が、また新しい出会いを生んでくれることを願って。12日の「牛窓エーゲ海フェスティバル」の告知もしてくれているので、当日ステージの上から何人ぐらいの人が朝日新聞の記事を見てくれているか、リサーチしてみようかな。
 お昼、取材してくれた朝日新聞の記者の方から、掲載のご報告をいただいた。本当は「エーゲ海フェスティバル」を見に行きたかったそうだが、「腎臓移植問題」の取材のためお越しになれないとのこと。残念なことだが、悲しい事件や事故、憤りを覚えるお偉いさん方の悪巧みの発覚や考えさせられる出来事など、皮肉なことにニュースに事欠かない現代。テレビのニュースや新聞に、もっともっと楽しい、わくわくするような、心の温まる出来事がいっぱい取り上げられるような世の中に、少しでもなるように、心底思うのである。明日は夕方から撫川(なつかわ)地域のお祭りのステージを務める。少々天気が心配であるが…最善を尽くすべし。
2006年11月09日

オレンジ色のシャツと森田恵子さん

私のHPには花がない・・・
常々それは感じていることであるが、どうしたものか。そんな時、先週であるがFM岡山に出演させてもらった際に、番組終了後パーソナリティの森田恵子さんと「パンフルート2ショット」を撮ってもらった。その写真が彼女のブログにアップされているのを見て、この写真を「殺風景な私のHPの花にしよう。」と思い立った。さっそく彼女にお願いのメール。そして翌日の今日、先ほどメールを開いてみると、彼女からの承諾メールをいただけた。うれしー!!
FM岡山スタジオにて森田恵子さんと
 ほとんどいつも、たったひとりでの活動のため、演奏中のいいアングルの写真が少ない。施設での演奏では、スタッフの方が写真を撮っていらっしゃるが、楽しんでいらっしゃる利用者の方たちも一緒に写っているため、「個人情報保護」の観点から中々HPに載せられる写真は少ない。これからはステージ演奏前に、お客様にいい写真が撮れたら、メールで送って欲しいとお願いしてみようかな。あつかましい話しであるが。何だか、周りのみなさんにいつもすごく助けられているなあと思う。それに甘えるのではなく、いい演奏と楽しいトークと、みんながあっと驚く活動を、気を抜くことなく続けて、みなさんに恩返しをしなくてはならない。
 ところで12日の「牛窓エーゲ海フェス」のメインステージは「城みちる」さんである。「なつかしー!!」牛窓の海からイルカに乗って登場してきたらどうしよう。当初、勝山で演奏したときの黒い衣装を着ようと思ったが、念の為城さんの衣装の色も聞いておこうと思い、企画元の方に確認をお願いしたところ・・・・
なんと、城さんも黒い衣装とのこと。これはまずい。ここは前座の私が衣装の色を変えなくてはなるまい。でもなかなかいい衣装には急には巡り合えず・・・。唯一、目を引いた服が「熟した柿っぽいオレンジ色のコールテンのシャツ」であった。天気も少し寒そうだし、ここは温かい色のシャツで演奏することにするか、とそれに決めた。
 くれぐれもこの服を「西大寺のハピータウン」で買ったことだけは、皆に内緒にしておこう。・・・岡山ローカルな話しですみません。
2006年11月05日

雑誌「岡山の街に出かけよう」

先日、取材を受けた雑誌が完成して、発行人の松田さんから送っていただいた。私のパソコン技術ではそのままHPにアップできないので、写真(ピンぼけだが)と内容を掲載することにする。
発行人の松田さん(女性)は6年前、ご主人の転勤で岡山に引っ越して来られた方。専業主婦から一念発起、月刊雑誌の発行を始められた。私の掲載号は第22号。興味のある方はお問合せいただきたい。
メールは matsubox@ms7.megaegg.ne.jp です。
岡山の街に出かけよう

応援したい人、見つけた【recipe 058】 2006.10.04
今井式パンフルート「備前の風」 岡山市雄町
   − 澄み渡る青空のような、パンフルートの響き

フルート? オカリナ? 素朴で清々しい音色が響いた。20号でご紹介した森田さんのラジオではじめて聞いたパンフルート。「あれは、吉井川の河川敷の竹を使って作られているんですよ」と聞いたときは、本当にびっくりしました。竹からあんな音が出るなんて! 幼い頃から身近にあった竹だけど、楽器になるなんて思いもしなかったな。本人の今井 勉さんも、パンフルートも何も知らずに作りはじめ、出来上がったものが世界最古の楽器といわれる「パンフルート」だということを、後で知ったのだとか。そのプロセスがとても興味深く、実物を間近で見てみたくて、工房を訪ねました。

歌うように音を出す?
工房にはローストされ、油抜き処理された竹がサイズごとに積み上げてありました。まさしく竹ですね! 「音が出る原理はとてもシンプル。野原に瓶を置いて風が吹くと、自然に音がなりますよね。あれと一緒。ほら、こうやって…」と、息を吹きかけてみると…わ、私でも音が出た!(かなり嬉しい) 「僕は楽譜が読めないんです。でも、パンフルートは音を探しながら吹いていくので大丈夫。僕も全く楽譜は見ずに、200曲くらいレパートリーがあるんですよ(笑)。歌うように音を探す。そうですね、どちらかというと、けん玉やヨーヨーみたいに体で覚える感覚に近いのかも」

子どもにも吹ける笛って?
どんなプロセスで出来たんですか? 「僕は大阪でカヌーのインストラクターをした後、営業マンに。その後、うつ病を患ったんです。40歳を前にこれからは心と体に優しい働き方をすると決めました」 竹を見つけたのは持っているカヌーで何かができないかと、吉井川を下っていたとき。子ども達と工作をしようと持ち帰り、横笛を作ったのだとか。「子どもはうまく音を出しました。でも、いざ演奏しようとすると指が届かない。そこで、幅を狭くしたり、縦笛にしたり、でもうまくいかなくて」 どうしたものかと、図書館で工作の本を調べていたら、水道管の筒を並べたものが紹介してあった。「指で押さえることもなく、口を持っていけば誰でも音が出る。見よう見まねで作ってみたら、実にきれいな音が出たんです!」1年半前のことでした。

おばあちゃんとの出会い
学生時代はバンドでボーカルをしていた今井さん。これを通じて音楽の楽しさを広められたら、という願いもあったのだとか。「まずはパンフルートを知ってもらおうと介護施設を中心に演奏に回りました。それでもね、これでいいのかなという迷いは常にありました」 ふっきれたのは、寝たきりのおばあちゃんの横で演奏をしたとき。『花嫁人形』の演奏後、おばあちゃんの閉じた目から涙が流れた。「自分の演奏を心から喜んでくれる人がいる。差し伸べてくれたおばあちゃんの手があたたかくてね。いろんな迷いがふっきれました。今は1人でも多く、パンフルートの音色を知って欲しい。小さい子から年配の人まで、誰でも吹けるこの楽器を広めたいと思っています」 澄み渡る音色は青空のよう。ぜひ、皆さんも機会があれば聞いてみて下さい。
2006年11月05日

寸暇を惜しんで…息子とカヌー&パンフルート

息子カヌー 直島から帰っての翌日である。少々疲れは溜まっているが、聴けば午前中に時間があるとのことで、2週間後に控えた小学校の学習発表会で演奏する「パンフルートの曲」の練習に「旭川」河川敷に息子と行く事にした。行きの車の中で「そう言えば、今年はまだ息子とカヌーに乗っていない」ことが判明。急遽予定変更。『備前の風』工房の2階に上げている8艇のカヌーのうち2セットを車に積み込み、いざ旭川へ。今日も最高の天気で旭川上空は晴天である。半袖で充分。カヌーの用意をして、二人それぞれ川に繰り出す。空気はとても暖かいが水温はさすがに「冬の近づきを感じさせる」冷たさであった。1年ぶりのカヌー体験に息子はとても喜んでいるようだ。
 思えばアウトドア・インストラクターを職業にしていて、家族にはろくにアウトドア体験させられず、気がつけば息子が「テレビっ子」になりかかっていたため、思いきって業界から足を洗い帰郷を決めた私にとって、日曜日に「わずかな時間」ではあるが息子とカヌーに、しかもタンデム(二人乗り)ではなく、各自のカヌーで川に漕ぎ出せるようになったかと思うと、感慨深いものを感じてしまった。
 1キロ下流の堰で上陸し、パンフルートの練習と川遊びを少々。時計を見れば11時を回りそうなので、大急ぎで帰路に着いた。今日の息子との体験は、明日からの私の活動にたくさんのエネルギーを与えてくれるものになった。それからもうひとつ、嬉しかったのは… 今までハスキーな音でしかパンフルートを吹き鳴らせなかった息子が、まだまだではあるが「澄んだ音」を出せるようになって来たことである。呼吸のコントロールも少しずつ身に付いてきているようだ。門前の小僧…である。いつか将来、息子とステージに立てたらな… そんな思いが今の私の淡い夢である。
2006年11月05日

Naoshima Standard2「アートマーケット曼荼羅市」無事終了

 11月3・4日の2日間、香川県の直島で上記のイベントが開催。FM岡山さんとの関係で今回出店させてもらった。50組近い出展者が、昔ながらの港町の中4箇所に分かれて、アートマーケットを展開、ベネッセのスタッフや地元島民のみなさん、中でも地元の中学生の子達が裏方として大活躍していたのは、とっても微笑ましかった。島の印象は一言で言って「いい島」である。海山の自然環境・そこで暮らす人達・タイムスリップしたかのようなどこかとても懐かしい家並み、そして島全体を様々なジャンルのアートが彩っている。心が疲れた人、親子連れ、カップル…いろんな人に是非行ってもらいたい瀬戸内の島である。
 今回の出展者で楽器の出店は『備前の風』だけ。アクセサリーや草木染め、クラフト、家具、小物のオブジェ、民芸調の雑貨、カフェ…まさにアートの島に似合うジャンルの出店ばかり。初日の準備段階で「俺はかなり浮いてるなー」と不安要素たっぷりであった。観光客の来店もある程度ジャンルを心得た上での来店であり、その上旅行予算との関係でなかなか、高い商品というのは売れるものではない。
 今回は『備前の風』のPRを最大の目的としていたので、初日全く売れなくても覚悟はできていた。(本当は結構ブルーになったが)でも、初日からたくさんの人にパンフルートの「試し吹き」に挑戦してもらえた。きっかけは以前日記で紹介した「御前酒クラブ」の世話人T氏が来店下さり、積極的にパンフルートの試し吹きを行き交う人達に勧めてくれたことであった。Tさん、感謝です。
 2日目は「店番ばかりせずにストリートパフォーマンスよろしく、あちこちに出向いて演奏してやろう!」とおとなりのお店の方に店番をお願いして、いざ出陣。港のマーケット会場でたくさんの漁船を前にして「瀬戸の花嫁」。子供たちを見つけると「散歩」や「トトロ」や「どらえもん(イントロからエンディングまで)」。赤ちゃんがいたら「こんにちは赤ちゃん」「クラッシックの子守唄」。あげく高松からお越しのゴールデンレトリバー(2匹)連れのご夫婦のところではワンちゃんの顔の前で「犬のおまわりさん」を演奏。しまいにはワンちゃんも遠吠えし出して、はじめての犬とのセッション。また来店してくれた女性の中に、私も大好きな「鼓童(こどう)」のファンの娘さんがいて、彼女はなんと篠笛を携帯しており思いもよらず鼓童の「彩(いろどり)」と言う曲を二人でセッションが実現してしまった。その他エピソードをあげればきりがないくらいの「うれしいハプニング」続きであった。
 また、この2日間で数多くのクラフト作家やアーティストの人達と知り合いになれたことが、これまた大収穫である。高知県の「幕末の志士たちを水墨画にしてなんとなんと素敵なウチワに仕上げてしまった」絵師の女性。牟礼町で「ウッドカービングの素敵な(男性が着けても似合う!!)アクセサリーを作っていらっしゃる」男性作家。この方にはパンフルートをイメージしたアクセサリーを注文したので、出来あがったら是非このHPでも紹介したい。お忙しい方のようだが来春までには作ってくれるとのこと、請うご期待である。
 私の始まったばかりの、パンフルート人生だが、きっと将来「あの時のアートマーケット出店が大きなステップになった」と思うに違いない、と感じさせるくらい私にとって中身の濃い、そしてたくさんのインスピレーションをもらった2日間であった。
 12月16日夕方から直島で行われるイベントに誘われたので、また行って可能であれば演奏しようと考えている。
2006年11月02日

「FM岡山」と「直島スタンダード2」

 今日、FM岡山の「フレッシュ・モーニング・オカヤマ」に出演した。3回目の出演である。パーソナリティの森田恵子さんは、私のパンフルートのファン?弟子?子ども?、および広報担当を引き受けてくれている。以前からテレビでよく拝見しており、ブラウン管の奥の「高嶺の」人だとずっと思っていたが、お近づきになれて「なんて魅力的な人なんだ!」と改めて感じている。容姿や物越しの素敵さだけでなく、生き様(ちょっと硬い表現か)がとても素敵なのである。森田さんのブログは毎日チェックしている。落ち込んだ時や、迷った時など、彼女のブログに助けられたこと多々ありである。この出会いのきっかけを作ってくれた制作のIさんに感謝である。
 今日の放送ではロッド・スチュアートの「セーリング」をスタジオ生演奏させてもらった。明日からの「直島」のイベントを自分なりにイメージして選曲・アレンジしてみた。
 明日からいよいよ「直島」である。アートイベントに参加するのも、はじめてで、出店もだから… 成功するかどうか不安である。50箇所近いブースの出店のなかで楽器の出店は私だけだし…それなりの値段はするものだし…。正直、1個も売れないかもしれない。
しかし、今回の出店の一番の目標は「ひとりでも多くの人にパンフルートの楽しさを知ってもらうこと」なのである。だから、ブースでのデモ演奏はもちろんのこと、時間の許す限り、丘や浜辺や防波堤や… 様々な場所で演奏にチャレンジしてみるつもりである。穏やかな瀬戸内に浮かぶ小島で演奏するパンフルート。私にとっても新しい刺激になることを期待している。何より新しい出会いに期待しつつ…。
2006年10月31日

九州からのご注文とフェスティバル情報

 今日は朝一番、カヌーの片付け、昼からは「備前の風」の部品加工、そして20管の仕上げと、1日中工房にいた。帰宅は10:30、それから夕食・・・こんな食生活してると、また尿道結石が出来てしまうな。メールを開けてびっくり!備前の風の注文が九州から入ってきているではないか!!超嬉しいのである。「ザンフィルのパンフルートに魅了された」と書かれていて、なんだか親近感が沸いてしまい、お礼のメールで「九州のパンフルート事情を教えてください」と「パンフルートが出演できるフェスティバル等の情報があれば教えてください」とあつかましくも、お願いをしてしまった。単独コンサートが出来るほどの知名度と共演者がいないため、なかなか多くに人に備前の風の存在を県内外、知っていただくことがまだ出来ていない。
 でも、私の活動の大きなステップになった「三木山フォルクローレ音楽祭」のようなステージが日本中にはたくさんあると思う。最近私の日記をメディアの方も見てくださっていることがわかり、ある意味緊張するところなのであるが・・・。
 これをご覧になっている方から、各地の音楽祭情報などを教えていただければ、それを足がかりにどんどんPRに出向いていきたいところである。みなさまご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。九州・四国・中国・関西・中部・・・赤字にならないのであれば、関東方面でも遠征する覚悟です。パンフルート談義がしたいということであれば、お付き合いいたしますよ。・・・その代わり泊めさせてね。・・・・おっとまた私の図々しい病が出てしまった。でもこれくらいのことがぬけぬけと言えるくらいの「心臓に毛が生えた状態」じゃないと、新しいことを日本に広めることはできないわな〜。
 ここまでワラしべ長者のようなパターンで私の折り返し人生は、パンフルートと共にスタートした。一つ一つの縁を大切に、それをつなぎながら、音楽の楽しさをひとりでも多くの人に「思い出して」もらうために、そしてもちろん家族の為にも父ちゃんは明日も頑張るのである!!
2006年10月29日

カヌーインストラクターと岡山人

今日、正確には昨日の土曜日になるが、久々カヌーインストラクターの仕事をした。
 大阪で5年間カヌーやラフティングの仕事をしていた事もあり、所有のリバーカヤックは8セットである。工房の2階にいつもは収納されているが…本日は4艇が久々の出動である。工房から車で15分くらいのところに、知る人ぞ知る「絶好のカヌースポット」があり、そこで朝10時から夕方5時までたっぷりカヌーを楽しんでもらった。
 もともと私がパンフルートを作る事のきっかけになったのは、カヌーをしている時に河川敷の竹の群生を発見したことからであるから、私がもしカヌーをやっていなければ『備前の風』は誕生しなかったとも言えるのだ。今年の夏はパンフルートにまつわる活動が忙しく、カヌーに乗れなかったが。来春からはカヌーの仕事も積極的にPRしていこうと思う。
 備前平野を流れる1級河川旭川をのんびりカヌーで漕ぎ下り、途中の中州で休憩がてら「パンフルートミニコンサート」。ゴールは桜満開の日本三大庭園のひとつ「後楽園」。岡山城の真下で、カヌーに乗ったまま「さくら・さくら」や「荒城の月」のパンフルートソロ演奏を楽しんでもらう。っていうのはどうだろう。
 これってもしかすると、日本で、いや世界でこんなことが出来るのは私だけかもしれないぞ。ちょっと本格的に企画を考えてみようかな。

 それから普段パソコンのことでお世話になっているYさんから、四国の石鎚山に登って撮影した紅葉の写真と、石鎚の頂上付近の断崖絶壁の上で、天空に向けてケーナを吹く写真をメールで送ってもらった。Yさんは中々のケーナの達人で、演奏の素晴らしさはもちろんのこと、ケーナの自作もされている方である。同じ竹笛仲間として厚意にしていただいている。6月のコンサートにはご家族で見に来て下さった、本当に嬉しかった。
 あと岡山には「コンフント・アンデス」というフォルクローレのグループがある。私が今年の春、兵庫県三木市の「三木山フォルクローレ音楽祭」(かなり規模の大きい、そして長く愛されている音楽祭である)に、玉砕覚悟で「出展&演奏」をさせてもらった時に、知り合いになっていただいた方たちである。ナンと12月には「コンフント・アンデス」のメンバーの方が企画されたコンサートに出演させてもらえることになったのだ。
 他県の人から「岡山の人って新しいことや、他県から来た人達には結構冷たいよね」と言われたことがある。いやいやどうして、「おかやまっこ」も結構情にもろくて、心の熱い人が大勢いますよ。
2006年10月27日

「グランドピアノ」と「FM岡山」と「リポビタンD」

昨日の日記にコメントが2つ、それもパンフルートにまつわる方たちからのコメントに、嬉しくて嬉しくて・・・。お返事が出来ていないのが申し訳ないところなのであるが・・・。もしかして以外にも多くの方がこの日記を見てくれているのかもしれない・・・と思うとなんだかキーボードを押す手も緊張してしまう。
 今日は夕方より、12月のボランティア演奏のリハーサルを行う。施設のスタッフの方なのだが、20代の女性で・・・本人には言っていないが、とっても可愛い女性である。さてさて、その方(Yさん)はピアノがとっても上手で、そこの施設での演奏のときは彼女に伴奏してもらっている。12月のステージは「クリスマス」がテーマになるのでそれにちなんだ曲やクラッシクの曲などを選曲&リハしてみた。すべてのリハ曲をここで明らかにするわけにはいかないが、「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」「威風堂々」などなどクラシック系から5曲ほど、クリスマス系から5曲ほどリハしてみた。今までは半音を出来るだけ使わなくてすむキーに、彼女に合わせてもらっていたが、これからは極力オリジナルキーでも演奏出来るようにしてみている。出だしの音程が一音変わるだけで、使用する半音の場所と数が変わる(当たり前だが)のだが、ちょっとびっくりしたのが、その場でオリジナルキーに変調されてもそこそこ「とっさに順応」できてきているのである。今吹いている音の次ぎの音がいくつ管が離れて「全音か半音か」が予想できつつあるのである。ちなみに吹いている管の音が「ドレミ」の何かは、ほとんどわかっていないのである。それなのに彼女の伴奏に合わせられていくのである。「音階がわからなくても歌は歌える。」まさにそれである。パンフルートという楽器を通して、私は歌っているのである。だからメロディの音階がわからなくても、演奏が出来ているのである。それにはっきり確信を持った今日であった。何よりもその力が開花したのは、彼女Yさんのピアノなくしては、こうまではいかなかったと思う。傍らで繊細に奏でられる美しいピアノの音を直接身体に受けてこその緊張感があって、こんなに実りあるリハが出来たのである。Yさん、ありがとう。「相乗効果でお互い演奏が磨かれいきますね」といってくれたので彼女も私の『備前の風』の演奏を認めてくれているのだなと思うと、こちらもとっても嬉しいものである。
 そうそう、リハ中に1本の電話が。なんとFM岡山のIさんからであった。11月3〜4日の「ナオシマ スタンダード2中のイベント『曼荼羅市』」の告知コーナーが11月2日にあるのだが出演してくれないかとのこと。「もちろんOK!」と返事する。これで3度目のFM岡山出演になる。11月2日午前9:40ごろから、10分間ほどの出演であるが、パンフルートの生演奏もさせてくれそうな雰囲気だし・・・よーし、今回もがんばるぞ。
 12時間で『備前の風』20管を製作するスキルは身についた。後はどうやって全国の人に、この『備前の風』のことを知ってもらうかである。「いいとも」でも出るか?「エスパー伊東ならぬパンフルーター今井」とかいって・・・。うーん、あせるなあせるな!! でも今は『備前の風』の販売と演奏が収入源なのだから、本気で市場開拓や、営業・広報活動はしなくちゃね。明日もリポビタンDの力を借りて鞭打ちがんばるべ。
2006年10月26日

祝!パンフルート専用ソフトケース完成!!

ソフトケース

嬉しい限りである。今まで裸同然で販売していたパンフルートに専用のソフトケースが出来あがったのである。しかもその製作者は、私の母と、それから妻の友達なのである。キルティングの布地を主に、優しく『備前の風』を包んでくれる。バイアス(?)の縁取りは何と内側までされており、男のおいらじゃ思いもつかない、きめ細やかな仕上がりにびっくりである。手先を動かすのは、脳の活性化にもつながるとのことなので、お袋のボケ防止には、ちょうど良いかも…。(かあちゃんゴメン、ゴメン) 中々「これだ!」という布地に巡り合えず、直感的に「黒色の」キルティングに決めたが…結構いいかもである。
11月3、4日の直島で試験販売してみるつもりである。評判がよければ、HPに別売りで楽器店に陳列してみようかなとも思う。実は、『備前の風』の固定用の紐も手芸店でしか手に入らない特殊加工を施した綿の紐なのである。ということで、私は最近、よく手芸店に顔を覗かせている。「ドリーム東岡山店」と岡山ビブレ地下の「マキ」の会員になっているのである。平日の昼日中40過ぎの男性がひとり、手芸の店の中をうろうろしていると、なんだか変な雰囲気が店内に漂ったものだが、もうすっかり慣れてしまった。この調子だと、ランジェリーショップでも、平気ではいって「真剣に」品定めが出来てしまうかもしれない。…そうなるのもどうかなとも思うし…そんなことを考えている「私」もどうかなと思う。
2006年10月25日

目からうろこの、発想の転換

今日は、実家の稲刈り日。両親と3人で汗を流した日中だった。予定では、昨日行うはずで、兄も大阪から帰ってきてたのだが、雨で今日に延期になってしまった。もし昨日稲刈りが出来ていたら、久々家族4人で田んぼに出れたのだが・・・残念である。
夕方は、今週の土曜日に行うカヌーイベントの現場視察に向う。実はカヌーインストラクターを5年間職業としており、リバーカヤックを8セット持っている。岡山近辺でカヌーに乗ってみたいという人は是非とも声をかけてもらいたい。
昨日よりある実験をしている。今作っているパンフルートは1個製作するのに2〜3日かかってしまっている。これで販売価格は12,000円では到底家計はやっていけない。来年早々値上げを予定しているが、何とか製作時間を短縮できないものかと考えた結果、製作の手順を入れ替えてみる事にした。どことどこの製作手順を入れ替えたかは、「企業秘密」であるが・・・。するとびっくりである。今まで1.5日かかっていたところまでの工程を8時間で終了する事が出来たのである。
今までの流儀に固執するのではなく、新しいアイデアを常に考えていく事の大切さを今回は実感できた。
でも、この話しを妻と母にそれぞれしたところ。なんと同じ答えが返ってきたのである。
「時間短縮が出来ても、雑な出来あがりになったら意味ないよ」と。

肝に銘じておきまーす!!
2006年10月21日

朝日新聞とイルカに乗った少年

今日、朝日新聞の取材を受けた。岡山総局から記者の方が工房まで来てくれたのである。
車のナンバープレートを見ると「大阪ナンバー」である。聴けば、記者の人達は転勤族で、岡山の前は、鳥取におられて、その前は大阪におられたとのこと。かくいう私も大阪でカヌーのイベンターをしていたというと、どちらも枚方(ひらかた)で働いていた事がわかり、びっくりである。いつの号に、どのくらいの大きさの記事で出るかはまだわからないが、結構しっかり取材していただけた。エーゲ海フェスティバルの翌週に、鳥取の清徳寺で演奏するというと、おいしいものが食べられる鳥取スポットをいくつか教えてくださった。フランクで優しい人だなぁ。ちなみに記者は男性である。

昨日、エーゲ海フェスティバルの打合せに行った。そこで今回のチラシをいただいた。見てびっくり。私の演奏の後に、「イルカに乗った少年」で有名な「城みちるさん」のステージがあるとのこと。昨年は「石川ひとみさん」、おととしは「浅丘めぐみ」さんが来られた。今年は男のステージが二つ続く・・・。女性っ気がないステージが続くなぁ。かくなる上は、私が女装してステージに立とうか。でも私の場合、「桜塚やっくん」というよりも「小梅太夫」に近いものになってしまいそうだから・・・。女装はやめておこう。

エーゲ海チラシ
2006年10月16日

御前酒クラブin勝山

岡山の県北、昔の街のたたずまいを今に残す、とってもほんわかする街、真庭市勝山町。そこに老舗の造り酒屋「御前酒(ごぜんしゅ)」の「辻本店」がある。今日はその御前酒のファンが組織する「御前酒クラブ」の第27回目の企画として私のパンフルートのパフォーマンスを披露させてもらった。50名ほどの参加者、家族参加の方もいらっしゃり、下は4歳から上はシルバー世代の方まで、まさに老若男女といった年齢構成のみなさんの前で30分間、ステージをつとめさせていただいた。演奏は「星に願いを」「コンドルは飛んでいく」「女歌メドレー:うれしいひな祭り、思いでのアルバム、宵待ち草、花嫁人形、かあさんの歌」「勝山の町をイメージして:村祭り、おさるのかごや、あんたがたどこさ、通りゃんせ」「瀬戸の花嫁(歌とパンフルート)」30分間で、ラストの曲以外は無伴奏のパンフルートのみの演奏だったが、みなさん実に集中して演奏を聴いてくださり、「かあさんの歌」の演奏のときには、聴きながら涙を流していらっしゃる人もいて・・・実はこの曲は奏者の私もいつも涙が出てしまうのである。笑いあり、涙あり・・・奏者の私も含めて「温かい気持になれた」ステージが出来た。とてもうれしい!!
夕方前からは、場所を酒蔵のそばに移し、おいしい料理と御前酒の酒宴。何人もの人が、私のパンフルートの音出しに挑戦してくれて・・・これまたすごくうれしい!!
「憂さ晴らしのお酒」「悲しい酒」「祝い酒」「付き合い酒」「一人酒」・・・・。お酒、特に日本酒の飲み方(シチュエーション)には色々あるが、今回は温かい料理と、温かい『備前の風』の音色と、温かい人達の心、昔の町並みと・・・それらを「日本酒がつないでいるんだな」というのをほんとに実感させられた。本来のお酒の姿をはじめて知ることができたといっても過言ではない。
屋外での酒宴だったが、そこで「朧月夜(季節はずれだが)」など、懐かしい曲を何曲か披露させてもらった。これがまた、『備前の風』の音色が酒宴の場でも合うんだな―!! ちびっ子たちのためには「散歩」「ちびまるこちゃん」を演奏、みんな大喜びで踊って歌い・・・、こっちも大喜びさ!!
酒宴の席にはなんと、真庭市長までいらっしゃり、勝山の町のクラフト作家のみなさんと『備前の風』の合作構想まで持ちあがり、何だか新たな動きが起こりそう。
「辻本店」の社長もステージをご覧になり、この上ない評価をいただき恐縮するばかりである。ここの娘さんは現在、なんと杜氏の修行中。(またかわいんだなー)次期社長の息子さん、この人がまた本当にイケメンなんだよなー。御前酒に興味を持たれた方は是非ホームページをチェックしてほしいものである。勝山の町に乾杯!御前酒のみなさんに乾杯!そして晩秋の平和な一日に乾杯!!
2006年10月13日

タコのように手足が欲しい!!!

このHPが公開されて、約1週間。知人や掲示板に公開のお知らせをしたところ、続々と返信をいただきうれしい限りだ。でも、HPからのパンフルートの注文はまだ1件もない。公開して1週間じゃ当たり前か。それにこのHPも、もっとHPらしく見やすくて充実した内容にしなくちゃだめだよな。でも今週末は岡山の勝山町で演奏会があるからその練習もあるし、某楽器店からの注文の納期も迫っているし・・・。それに11月頭の「NAOSHIMA STANNDARD」に出店するパンフルートも作らなきゃならないし・・・。やることだけはいっぱいある。でも、もっともっと『備前の風』を全国にPRしていかないと、今の収入では全然・・・。
そこで数日前から計画している「パンフルートと歌おう。童謡・唱歌」コンサート計画を具体的に進めていくことにした。介護施設等で行っている私のステージを一般の方向けに実施するものである。でも施設ではカラオケテープを一部使っているが、一般向けステージではちゃんとしたピアノ伴奏をつけたいものだ。でも私には今レギュラーコンビを組んでくれるピアニストはまだいない。
私のステージは簡単に言えば「パンフルートの演奏と歌声喫茶を合体させたようなもの」で、見に来てくださった方を二時間目いっぱい楽しませる自信はある。でもなにぶん今のところ、一匹狼的活動なので積極的興業活動が出来ていないのが現状だ。でも、この壁をクリアしないと活動の幅は広がらないし、直接収入源につながってしまう・・・。
ここが正念場!!正直なところ疲労もたまっているが、がんばんなきゃ。

う〜ん。こんな感じで行くと、「風の音日記」は私の愚痴のページになっちゃうな〜。
2006年10月11日